十、陳倉城(1)

 年の瀬の十二月、遠征が始まることになった。俺の大好きな臘日ろうじつの鬼やらいや正月のごちそうはどうなってしまうのか心配だが、まあ、遠征中でも正月くらいはそれなりにいいもん食わせてくれるんだろう。箕谷道きこくどうを通って北に行くらしい。我が軍の秦嶺しんれいを越えての遠征はこれが二度目だ。
 隊長が遠征に持って行く物資の最終点検をしているのを何気なく眺めていると、見たこともないような大仰おおぎょうな防寒具がモリモリ積み重なっているのが見えたので、俺は憂鬱になって隊長に絡んだ。
「どんだけ寒いとこまで行くんですか。」
「さあ。」
「知らないんですか?」
「どこまで行くかなんて状況次第じゃん。」
「寒い季節にわざわざ寒い方に向かって行くなんて、気違い沙汰ですよ。」
「おれ寒いの好きだぜ。知ってる? 北方では年末に餃子を大量に作っといて屋外に置いて凍らせといて、それを正月の間に食べるんだってさ。羨ましいよなあ。」
「え、どこが?」
「ここいらじゃあ外に食いもん放っといたら凍らずに痛んじまうだろ。」
「え~、いいじゃないですか、べつに。毎日新鮮なものを食べれば。」
「北国の人が正月に餃子を食べるのは、凍傷で耳たぶを失った人も餃子を食べれば新しい耳が生えて来るというめでたい食べ物だからなんだってさ。」
「それ絶対ウソでしょう。誰から聞いたんですか?」
張車騎ちょうしゃき。」
「それデタラメ言ってからかわれたんじゃないんですかあ?」
「え、そうかな。虎威こい将軍に聞きに行ってみようかな。」
「あんな真面目そうな人にそんな馬鹿げた質問しに行くんですか?」
「馬鹿が真顔で馬鹿な質問をしてきたら怒らず真面目に答えてくれそうじゃん。」
馬鹿話をしながらチャッチャと点検をすすめている。器用な人だな。
 遠くから何やら甲高い声で呼ぶのが聞こえたので目をやると、李隊長が不自由そうな急ぎ足でこちらへ向かいながら
「異度くんさあ、」
と言っているので、それに気付いた隊長は点検作業をうっちゃらかしてつかつかと李隊長のほうに歩み寄った。
「ああ羨ましいなあ、脚が長くって。」
「それを言うためにわざわざ来て下さったんですか?」
「アハハハ、違うよ。あのさあ、キミの馬ってまだ去勢してなかったよね。」
「はい。」



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