一、焚火たきび(4)

俺がわめくと、叔遜はおろおろしながら半端な提案をした。
「え~っと、じゃあとりあえず季寧に行ってもらって、あとでぼちぼち交代する?」
「そんなん通用するかよ。隊長ぜったい怒るだろ。早く行けよ、叔遜!」
「不正じゃねえか。」
「汚ねえぞ!」
周囲の怒号を掻き消すように、陳屯長が怒鳴った。
「張季寧、来い!」
「はい。……。」
スゲエな、俺。冗談で言ってたことがホントになった。すごすぎる。自分でウケちまいそうだ。動揺している俺に追い打ちをかけるように、陳屯長は言った。
「早くしろ。今度の隊長は、なんというか、……せっかちだ。」

 せっかちかよ。面倒くさそうな野郎だな。とりあえず急いで隊長室に向かう。きっと勤務兵が来てないもんでプンプン怒っているに違いない。今日バタバタと勤務兵決めをするはめになったのも、どうせそのせっかちな隊長が「予定より早いけど手が空いたんでもう行くから。」とかなんとか、急に言ってきたんだろう。迷惑だ。
 韓英というのはなんだかよく知らないが有名人だ。僵屍キョンシーだとか偃師偶人アンドロイドだとか、不気味な噂があれこれある。きっと無駄に筋肉モリモリ鍛えたような首回り異常に太かったりする奴なんだろう。そんで、そういう奴は大抵声がつぶれているだろうな。年齢は確か三十三歳だ。徴兵からの叩き上げだというから、きっと俺が俺がとガツガツしながらやってきた品のない野郎なんだろう。……なんか、怖えな。隊長室が見えてきた。緊張する。扉が開けっぱなしだ。おかしいな。いつも閉まってるのに。ま、いいけどさ。
 思い切って入り口の前に立ち、ヤケクソのような大声を出す。
「失礼します! 本日より韓隊長付勤務に上番致します張靖ちょうせいです。あざなを季寧と申します。よろしくお願いします!」
……ってオイ! 留守かよ! 部屋の中には韓隊長はいなかった。ちょっと背の高い事務のお兄ちゃんみたいな感じの人がゴソゴソと書類をあさっているだけだった。
 うちの部隊は前任のちょう隊長が急逝してから一カ月近くも隊長不在だった。もともと隊長――正式な役職名は部曲督ぶきょくとく――というのは事務に忙殺される役職で、趙隊長は街亭がいていの役の残務処理の書類の雪崩なだれに呑まれて亡くなったという噂だった。それから今までは部下の屯長達や将軍の書佐があれこれ事務処理を分担していたのだが、その間にますます隊長室は書類で溢れ返ったに違いない。俺は隊長室に足を踏み入れるのは今日が初めてだが、想像した以上に書類が山積みになっており、一部は文字通り雪崩をおこしている。いま部屋の中にいるお兄ちゃんは、きっとどこかの部署から「趙隊長が持っていたはずのあの書類を探して来い」とでも言われて捜索に来たのだろう。せっかちだという噂の新任隊長はきっとこの部屋の荒れようを見て嫌気がさしてせっかちにどこかへ出かけて行ったに違いない。どうせちらっと読み書き計算ができるだけの兵卒上がりなんだろうから、事務処理なんて不得意だろう。どんな奴だか知らないが、気の毒な話だ。



《広告》

ページ公開日: 最終更新日: